大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)166号 判決 1977年1月25日

原告

豊田工業株式会社

右代表者

富田環

右訴訟代理人弁理士

門間正一

外一名

被告

特許庁長官

片山石郎

右指定代理人通商産業技官

遠藤善一郎

外二名

主文

特許庁が昭和四九年九月一二日、同庁昭和四九年審判第一五二九号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<略>

第二  請求の原因

一、特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四〇年一一月一七日特許庁に対し、名称を「テーブルの自動位置決め装置」とする発明につき特許出願をし、昭和四三年六月八日出願公告の決定を受けたが、訴外株式会社大隅鉄工所より特許異議の申立があり、同四八年一一月二七日右特許異議の申立は理由があると決定され、同日拒絶査定を受けた。そこで原告は同四九年三月八日審判の請求をし、同年審判第一五二九号事件として審理されたが、同四九年九月一二日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同四九年一一月二一日原告に送達された。

二、本願発明の要旨

工作機械本体上に摺動可能に載置されたテーブルと、該テーブルを摺動運動せしめる位置決め駆動装置を有するものにおいて、前記テーブル上に同定され被加工物の位置決めすべき基準面の位置変位を検出する被加工物位置検出器と、前記本体の位置に固定されテーブルの移動量を検出するテーブル位置検出器と、該テーブル位置検出器および被加工物位置検出器の位置検出信号により前記テーブル駆動装置を発動制御する制御指令信号を発信せしめる演算制御装置とを設け、前記テーブルに対する被加工物基準面の位置変位を検出し、該被加工物基準面の位置変位量だけテーブルの位置を移動補正してテーブルの位置決めを行うことを特徴とするテーブル自動位置決め装置。

三、審決理由の要点

本願発明の要旨は前項のとおりである。ところで本願出願前国内で公然実施されたものと認定できる「株式会社大隅鉄工所製GPB二五〇×一〇〇〇形サイクリツク円筒研削盤」(以下「第一引用例」という。)には、本願に示された実施例と同一種のクランクジヤーナル用円筒研削盤として、本体上に摺動可能に載置されたテーブルと、テーブル上に固定され被加工物の位置決めすべき基準面の位置変位を検出するダイヤルゲージ(被加工物位置検出器)と、本体の所定位置に固定されテーブルの移動量を検出するダイヤルゲージすなわちテーブル位置検出器と、テーブルを摺動運動させる手送り装置が設けられている。また昭和四〇年七月一日養賢堂発行、「機械の研究」第一七巻第七号所載、井海建吾著「精密測定の諸問題」(以下「第二引用例」という。)には、既存の内径ワークに対し、一定隙間で嵌合する外径ワークの研削において、内径ワークの内径寸法の測定値と研削される外径ワークの外径寸法の測定値との両信号を演算回路を通し、内径寸法に一定関係値となるよう外径寸法を補正させるよう研削送りへの指令信号を出す制御が示されている。

そこで検討すると、第一引用例では、二つの位置検出値を操作員が演算し、その演算結果に基づいて位置補正手送りをするのに対し、本願発明は、その操作員の操作を演算回路に位置検出信号を入れ、さらに演算回路からの信号で送り装置を作動するよう自動制御化した点で相違する。しかし二つの測定対象の測定値を検出信号として演算回路に送り、両測定値を一定関係にするよう一方の測定対象に対し他方の測定対象を補正するよう作動信号を研削盤の送り装置に送つて作動させるという自動制御という点では本願発明は第二引用例と一致している。そして一般に人為操作を自動制御化することは普通に行われることであり、本願発明・第一引用例・第二引用例ともに研削盤という共通技術分野に属する。

そうすると本願発明は第一引用例の人為操作に第二引用例の自動制御方式を応用したものといえるから、このように構成することは当業者が容易に考えられたものと認められる。したがつて特許法第二九条第二項により特許を受けることができない。

四、審決取消事由

審決には、次のような判断の誤りがあるから、違法であつて取消されねばならない。

(一)  第一引用例の技術内容の認定の誤り

審決は、甲第三号証に添付された図面(第一引用例の図面)から第一引用例のクランクジヤーナル用円筒研削盤が本体の所定位置に固定されテーブルの移動量を検出するダイヤルゲージすなわちテーブル位置検出器を備えているものと認定したが、事実誤認である。

(1) 甲第三号証に添付された図面によれば、テーブル位置検出器10に接触するダイヤルゲージへ10bはテーブル位置検出器10が移動すればその移動量を表示するようになつているが、手送りハンドルを回すことによつてテーブル2を移動させてもその移動量は表示されない。すなわち、テーブル2は、接触子10aがドツグ11の溝に係入した状態のままでは移動させることは不可能であり、外しレバー18を引いて接触子10aをドツグ11から引き外した状態でなければテーブル2の移動はできない。この状態でテーブル2を移動させてもダイヤルゲージ10bの指示値はなんら変化しないことになる。したがつてダイヤルゲージ10bはテーブルの移動量を検出するものとは認められない。この点の判断を誤つてした審決の認定は、明らかに事実誤認である。

(2) 被告は、甲第三号証に添付された図面を技術的に検討すれば、引用例のテーブル位置決め装置は別紙二の1・2のような各部分の構造を具え作動・操作ができるものと認められる旨主張するが、別紙二の1・2のものはつぎのような重要な構造変更・附加するものであつて、甲第三号証に添付されたものとはもはや全く別個の装置というほかはない。

(構造変更部分)

(イ) 甲第三号証に添付された図面では別紙二の1のテーブル位置検出器調整ねじに該当するねじは、テーブル位置検出器10に螺合している。しかるに別紙二の1では、ことさら当該螺合部分を省略している。

(ロ) 甲第三号証に添付された図面では接触子外しレバー18の支点は固定部分であるベツド側に設けられている。しかるに別紙二の1では当該支点は移動部分であるテーブル位置検出器10側に設けられている。

(ハ) 甲第三号証に添付された図面では接触子10aと接触子外しレバー18との係合部には全く遊びがない。しかるに別紙二の1では右係合部のピンがレバーに対し上下移動できるように遊びが設けられている。

(ニ) 甲第三号証に添付された図面ではテーブル位置検出器10とベツド側との案内については固定部分であるベツド側に案内溝が設けられている。これに対し別紙二の1ではテーブル位値検出器10側に案内溝を設けている。

(構造附加部分)

(ホ) 別紙二の1にはテーブル位置出器調整ねじなる用語を使用して装置の説明を行つている部分があるが、甲第三号証に添付された図面の右該当部分にはそのような名称ないし機能の説明はない。

(ヘ) 別紙二の1では、送りハンドルなる名称を使用して装置の説明を行つている部分があるが、甲第三号証に添付された図面の右該当部分には何ら名称ないし機能の説明はない。

(ト) 別紙二の1ではドツグなる名称を使用して装置の説明を行つている部分があるが、甲第三号証に添付された図面の右該当部分には何の名称ないし機能の説明もない。

(3) かりに甲第三号証に添付された図面に示されたテーブル位置決め装置が被告の主張するような内容のものであるとしても、それはテーブルの移動量を検出するものではなく、検出器の移動量を検出するものである。すなわちそれは工作物の基準面のテーブルに対する変位を相殺するようにテーブルを移動すべき位置を決定するために用いるダイヤルゲージであつて、該移動位置決定までの間、テーブルは移動せず、移動位置決定後そこまでテーブルを移動させても、そのテーブルの移動量を検出しないものである。<以下、事実略>

理由

一原告の主張する請求原因第一項から第三項までの事実は当事者間に争いがない。

二審決取消事由の有無について判断する。

(一)  取消事由(一)について

(1)  審決が、<証拠>に添付された図面から、第一引用例のクランクジヤーナル用円筒研削盤が本体の所定位置に固定され、テーブルの移動量を検出するダイヤルゲージすなわちテーブル位置検出器を備えたものと認定したことは、弁論の全趣旨から明らかである。

そこで、甲第三号証に添付された図面(別紙一の1・2)を検討すると、そこに図示された装置の幾つかの部分にその名称が付記してあるだけであつて、他にその構造、作動ないし操作について説明した資料は何も添付されていないが、同図面は、技術的にみて、次のように認定することができる。

テーブル位置検出器と名称が付されたブロツク10が工作機械本体から張出した部分に対して嵌合摺動するための案内溝が設けてあり、該張出し部分に取付けられたダイヤルゲージと名称の付された10bのスピンドルがブロツク10の一端に当接していることからみて、10bは該張出し部分に対する該ブロツク10の変位を測定するためのものとして記載されているものであつて、審決が本体の所定位置に固定されテーブルの移動量を検出するダイヤルゲージと認定したものは右10bを指すものと考えられる。したがつて、ダイヤルゲージが工作機械の本体の所定位置に固定されている、という限りにおいては審決認定のとおりであるが、しかし、他方、ブロツク10を貫通している接触子10aの一端を結合した外しレバー18の支点が右張出し部分(ベツド側)に設けてあるため、ブロツク10は該張出し部分に対して変位することができないものというべく、したがつてまたブロツク10の一端に当接することによつて該ブロツク10の変位を測定すべき10bはダイヤルゲージとしてテーブルの移動量を検出するため作動することは不可能というほかない。

そうすると、テーブル位置検出器と称するブロツク10、接触子10aその外しレバー18、ダイヤルゲージ10bなどからなる部分についてはその構造のもつ意味が不可解であり、甲第三号証に添付された図面の記載自体からは、その研削盤にテーブルの移動量を検出するダイヤルゲージが備えられているものと認定することは技術常識上困難である。

(2)  被告は、甲第三号証に添付された図面を技術常識から理解すれば別紙二の1・2に示すような構造を具え、その主張するような作動、操作が可能である旨主張する。しかしながら、被告の右主張は接触子外しレバー18の支点をベツド側からテーブル位置検出器と称するブロツク10側に移し変えられることを前提にしているのであるが、そのような支点の移し変えは、ブロツク10、接触子10aを通じて甲第三号証に添付された図面のテーブル位置決め装置なるものの全体的な作動ないし操作に関係するから、ブロツク10、接触子10aの機能、作動ないし操作をふくめた装置全体としての作動ないし操作が明かにされておれば格別として、すでに指摘したように、甲第三号証に添付された図面には単に幾つかの部分に名称の附記があるだけで、図示装置の作動、操作を説明した資料は何ら備えられていないから、その添付図面のみから、前記支点の移し変えのような装置の構造上の基本的かつ重要な変更を加えるのは、技術常識上許される誤記の訂正補足の限界をこえたものというほかない。したがつて被告主張は採用できない。

(二)  そうすると、審決が、甲第三号証に添付された図面から、第一引用例のクランクジヤーナル用円筒研削盤は本体の所定位置に固定され、テーブルの移動量を検出するダイヤルゲージすなわちテーブル位置検出器を備えていると認定したのは誤りであり、これを前提にして本願発明を容易に推考できるものとした審決は、すでにこの点において違法であつて、取消を免れない。<以下、省略>

(杉本良吉 舟本信光 小酒禮)

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